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2005年9月

関西弁と関東弁

あるスーパーでの一幕。「カッター、どこに置いてますか?」と、店員さんに尋ねたら、ご親切に「文房具コーナー」に案内してくれました。「あぁ、ありがとう」とお礼をいい、自分で「紳士服コーナー」を探して「カッターシャツ」を無事に購入。(そう言えば、関東では「Yシャツ」というのだとあらためて痛感。。。)
関東と関西では、イントネーションもさることながら、日常使用している言葉の意味の違いの「壁」もあり、なかなか関西人が標準語の文化に溶け込むのは大変なことなのかも知れません。テレビのニュースでは、小さい頃から標準語を耳にしているので、何を言われているかの解釈は問題ないのですが、いざ、話すとなると、日常使っている「関西弁」が思わずポロっと出てしまうこともしばしばです。

ビジネスの世界では「契約」行為が基本ですが、「そこにハンコもらえますか」と言われたなら、その人はきっと関西人に間違いありません。「印鑑を押してもらえますか」と言うと、確かにしっくりいくわけですが、あれこれ交渉した後の「契約」も、最後の「ハンコもらえますか」と言う言葉が、相手への親しみを生みだし、「ホッ」とした安堵の気持ちにしてくれるように思います。関西弁は、そんな「温い(ぬくい)言葉」なのでしょう。
                                                 (松)

最近の東京アクセント

最近、若者の話す言葉が理解できない、というような話を良く聞きます。話す言葉だけではなくて、近頃はブログやメールなどで「読み書きする言葉」に触れる機会も多いですが、こちらも特殊な記述方法による読み書き言葉をよく見かけます。

話し言葉の場合、言葉の「語彙」と「アクセント」の両面から変わっていきます。語彙のほうはわかりやすいですが、アクセントの変化は微妙なことがあって、気づかないうちに変わっていた、ということが良くあります。

たとえば「ドラマ」って皆さんはどう発音されますか? あまり若い人は実感ないと思いますが、昔は「高低低」で「ドラマ」でした。最近は「低高高」で「ドラマ」ですね。

また、「パンツ」を「高低低」で発音すると下着ですが、「低高高」で発音するとズボンの意味で使われてるんじゃないでしょうか。

これらはアクセントの変化の代表的な「平板化」と言われるもので、単語の二拍目でアクセントが高くなったら、後は高いままというアクセントとして分類できます。

何でこうなるかというのは明確にわかっていないんですが、多分「めんどくさいから」です。平板でない話し方は、アクセントを「高」から「低」に下げる位置を覚えておかなければいけませんが、平板な話し方の場合、二拍目で「高」にしたら、後は「高」のままです。

こんなことを書くと「やっぱり近頃の若者は…」と思われる方も多いかもしれないですが、アクセントなんて昔らかコロコロ変わっています。

たとえば昔は「打ち負かす」を「低高高高高」と発音していましたが、今では「低高高高低」です。いつの時代でも、年寄りは「近頃の若者の言葉遣いは…」と思っていたに違いありません。                                                                                                                                                                     (渉)

方言・標準語・共通語

「ことば」は通信でいうプロトコル(通信規約)です。元来、各部族内で自然発生的に発生した話しことばのプロトコルが、部族と部族の間で共通化が繰り返され、最終的に現在の「ことば」ができたと考えられます。すなわちいろいろな方言が規格統一され標準語というものになったわけです。標準語が変化して訛ったものが方言だと思われていますが、実はそうではありません。

しかしながら、日本語の話しことばには統一規格としての標準語がありません。恐ろしいころにプロトコル仕様書がないのにみんな平気で通信している状態です。東京地区で多く話されている言葉が標準語ではないかと思われているだけす。この状況は、日本語を勉強する子供や外国人の方には大変な障害になっているのではないかと思われます。

さて、標準語とは別に共通語という用語があります。共通語というのは、ある方言を話す方が別の方言を話す方にコミュニケーションするために使う言葉で、東京で話されている言葉に近い言葉です。共通語は、個人ごとにすこしずつ違っています。東京には、大阪訛りの方、名古屋訛り方などたくさんいらっしゃっいますが、特にお互いの方言を勉強することなく普通に会話をしています。これは、皆さんが共通語を話しているから可能になるのです。                                                                                                                                                                        (太)

日本語のアクセント

アクセントという言葉はご存知だと思います。ファッションやデザインの世界では、ある部分を強調したり目立たせたりすることですね。

日本語の世界だと、一つ一つの語について決まっている、モーラ(拍)単位の音の高低の変化のことになります。

こういってしまうとなんだか難しいので、簡単な例を挙げましょう。

たとえば「アメ」という言葉を、「ア」を高く、「メ」を低く発声してみてください。標準語だと「雨」の意味になります。逆に、「ア」を低く、「メ」を高く発声してみてください。今度は「飴」の意味になります。

これがアクセントの変化です。アクセントを変えると、意味まで変わってしまうということがわかっていただけたと思います。

アクセントは規則で決まっているものではなくて、社会的な合意の中で決まっているだけなので、一つ一つ覚えるしかありません。逆に言うと、明日から「アメ」を「低高」と発声したら「雨」のこと、と決めてしまうことは不可能ではありません。実際には大部分の人が困ると思いますけどね :-)。

また、最初に「アクセントは音の高低の変化」と書きましたが、英語だとアクセントは「音の強弱の変化」と言われています。強く発声することで、音は高くなり、長くもなります。

日本人が英語を話すのが苦手な原因のひとつに、アクセントの仕組みが違うから、という理由があるのかもしれません。
                                                                                                       (渉)

モーラと音節

暑い夏もそろそろ終わり。9月はすこし音声のことを勉強しましょう。

物質を細かく砕いていくと分子とか原子というものになるのはご存知かとおもいます。音声も分解していくとやはりそういう単位にぶつかります。

日本語の音声単位のひとつに「モーラ」があります。あまり聞き慣れない言葉です。「拍(はく)」とも呼ばれています。ほぼカナ1文字が1モーラとなります。「キャ」「キュ」「キョ」などの拗音(ようおん)と呼ばれる音は、例外的に2文字で1モーラとなります。拗音は中国語から借用された音なので、このような例外になったのかもしれません。俳句は5・7・5で、短歌は5・7・5・7・7と言われますが、これはモーラを数えているわけです。「モーラ」の語源は、ラテン語で詩作法上用いられていた概念で、等時間のリズムを捉える単位「mora」だと言われています。

さて音節という言葉はよく聞きます。音節とは、母音が中心となって両側に子音がくっついたもので、ひとかたまりになって発音される単位です。日本語の場合、ほとんどモーラと同じですが、撥音(ん)、促音(っ)、長音(ー)があるときにモーラと音節の数が違ってきます。たとえば「アン」は2モーラですが1音節です。

モーラはそれを持つ言語と持たない言語があります。日本語がお上手な外国人の方のしゃべりに独特の外国語なまりを感じることがあります。これは多くの場合、しゃべりが音節単位になっていて、モーラの単位が知覚されないためのようです。

                                              (太)

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