« パラ言語 | トップページ | 調律の話 »

日本人はなぜ英会話が苦手?

日本人は英語の読み書きはかなりできますが、会話が全くダメですね。どうしてなんでしょう。

通信の世界では、プロトコル(通信規約)を実装すれば、通信が可能になります。ことばの世界では、単語や文法などが通信のプロトコルにあたります。中学高校で、あれだけ英語のプロトコルを勉強したのにぃ、と思う方は多いはずです。ということは、我々の脳には、英語の読み書きのプロトコルは実装されているけど、会話のプロトコルが実装されていない。

では、読み書きのプロトコルではない会話のプロトコルとは何でしょうか?それは、韻律やパラ言語なんです。我々は、英語の韻律やパラ言語の規約が分かっていないので、聴けないし、話しても通じないのです。

実は日本人が苦手な「R」と「L」の発音の違いなど、英会話の成立にはほとんど関係ありません。アメリカで生活している日本人で、米[rice]と虱(シラミ)[lice]の違いで困った方は皆無です。日本人の喋る英語は、子音の後に母音が湧き出すというけれど、私の知り合いのイタリア人の英語には母音がバンバン湧き出しますが、彼は英会話で困ったことはないと思います。

そういえば、私が通った中学高校には、英語の「R」と「L」の違いのことは教えても、英語のパラ言語を教えられる英語教師はいませんでした。

                                 (太)

mail

« パラ言語 | トップページ | 調律の話 »

コメント

これは日本語にも同じことが言える話だと思います。
リズムやイントネーション、そして「伝えたい」という気持ちが一体となって、
つまり「プロソディ」があって、初めて本当に話せるようになるのでしょう。
「ことばのリハビリ」をめぐる世界でも、この「プロソディ」を重視する考え方
が広がりつつあります。

ところで、英語といえばこんな話を聞いたことがあります。
ブルスの本拠地「Chicago」を「シカゴ」と発音すべきなのか、それとも「チカ
ゴ」と発音すべきなのか、現地の人にたずねると、「どっちだって構わないよ、
”カ”にアクセントがついてさえいればね。」という答えが返ってきたそうです。
これなどは、音そのものよりも「プロソディ」の方がよっぽど大切だということ
の良い例ではないでしょうか?

この記事へのコメントは終了しました。

« パラ言語 | トップページ | 調律の話 »