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2007年2月

「韓国の地下鉄車内に鳥の声!?」

昨年、韓国旅行に行った私は、地下鉄に乗った時に気づいたことがありました。それは、駅が近くなると電車内で鳥が鳴き始めることです。

鳥の鳴き声(30秒)

日本では、電車が発車する時にホームでベルや音楽が流れますが、電車内に車内放送以外流れているのを聞いた事がなかったので、何故、鳥の鳴き声が流れているのかガイドさんに聞いてみました。聞いて納得。韓国では、昔から目覚まし時計といえば鳥の声が定番との事。駅が近づいた時に眠っている人を起こすために流しているのだとか。

なんと親切なことだろう。
もし、私が眠っていたとしても気持ちよく眠り続けているだろうが・・・

(晴)

「庭で楽しむ音」

以前にこのブログで「伝統文化の中での音の役割」というのを書きました。
http://www.blog-animo.net/sound/2006/07/post_3ff6.html
この時は室内での様々な所作が発する小さな音が果たしている役割について書きましたので、今回は庭に目を向けてみたいと思います。

「庭」と一口に言っても様々ですが、ここでは日本庭園、ことに茶庭を中心に話をすすめます。茶庭の機能の一つに俗世間にいたお客様が「茶室」という茶人にとっての聖域に入るための儀式の場としての機能があります。茶室に入る前に、手(=身体の外側)を清め、口(=体の内側)を清めますが、その時に耳を澄ませると琴のような音色が聞こえてきます。この正体が「水琴窟」です。

添水(そうず)の音(20秒)

江戸時代中期の武家茶人・小堀遠州によって考案されたとされています。元々は手水鉢の排水設備であったものを庭師の手により改良され、遠州によって茶庭の装飾品として完成されました。

その構造はいたってシンプルで、底に穴を開けた甕(かめ)を逆さにして土の中へ埋めただけです。水面に落ちる水滴の音を素焼きの甕を使って反響させ、その残響を楽しむのが目的ですので、甕を埋める土壌は水はけが良くない(水がたまりやすい)のが理想で、甕の下に粘土を敷き詰めるなどの工夫がされています。構造・しくみは非常にシンプルなのですが、使う甕の大きさや形状、甕の穴の大きさや形状、甕の中にたまっている水の量、そして周りの湿度や気温の変化によって、微妙に音色が変わるのが特長です。(当然1点1点音色が異なりますし、同じ水琴窟でも時の移ろいとともに音色が変化します。)

遠州の時代には未だ手水鉢の排水設備としての機能をも果たしていた水琴窟ですが、江戸後期から明治期にかけて一度は廃れてしまいます。再び脚光を浴びるのは20年ほど以前に朝日新聞に特集記事が掲載され、NHKがこれに追随する形で特番を組んだ時期以降となります。そして、その時には「手水鉢の排水設備」という実用面が取り払われ、調度品・装飾品としての一面が強調されました。結果として水琴窟は遠州の時代のそれとは大きく変貌し、現代では、甕の材質が素焼きだけではなく、金属になっていたり、スピーカを組み込んで比較的大きな音がでるようになっていたりと、様々にアレンジされています。(中には置物のようになっているものもあります。)

だいぶ長くなりましたので、今日はこれにてお開き。いつかまた機会があれば、水琴窟の現代事情など、書いていきたいと思います。

(裕)

「木の中を流れる水」

木の幹に耳をあててみると、水の流れる音がするといいます。春を迎える頃は木々の活動が活発になり、その音が聞きやすいそうです。

世界遺産に登録されている白神山地は、青森から秋田にかけて位置する寒さの厳しい山です。そこには広大なブナの原生林が広がっています。冬の間、厚く積もる雪の重みでブナの枝は大きくしなってつぶれかけながら、じっと春を待っています。

そして春が到来すると、目覚めたように根からたくさんの水を吸い上げます。その水が幹の中をのぼり、幹を立ち上げ、枝がぐぐっと起き上がっていきます。そしてその幹に耳をあてると、水が上がっていく音がよく聞こえるのだそうです。

また、白神の観光コースの中には、木々が水を吸い上げていく音をよく聞けるように、聴診器が用意されているのだとか。これならよく聞こえそうですね。

寡黙に見える木々ですが、幹の中では忙しく音を立てている。たくましい生命の音を是非一度聴いてみたいと思っています。自然の中には私がまだ知らない音が無数にありそうです。

(津)

「爺じ、車の運転に気をつけて!」

身内の話しで恥ずかしい限りですが、昨年、私の父(70歳)が車で事故を起こし、愛車のスターレットを廃車にしてしまいました。

車が2台、ぎりぎりで往来できる、道幅の狭い上り坂を走行中、上から下って来た車を避けきれず、路肩の電柱に激突! クルマは横転して大破しました。

場所は住宅街の生活道路。すぐ側には小さな公園もあり、ひとつ間違えば人にケガを負わせていたかも知れません。

原因は、もちろん父の判断ミス。少し手前で待機すればよかったのですが、「大丈夫」と過信して突っ込み、最後は相手の車を避けきれずハンドル操作を誤ったのです。

通行人もなく、相手の車も傷つけず、父にもケガはなく単独事故で終ったのが幸いでした。

事故の後、私は父に言いました。「もし自分の子供が事故でケガを負わされたら、私は一人の親として、その加害者を絶対に許さないと思う。頼むから、もう二度と車には乗らないでくれ!」と。

これから、ますます高齢なドライバーが増えて行きますが、もちろん年齢に関わらず、ドライバーの一人一人が思いやりをもった運転を心掛けていかなければと思います。

近い将来、進化したドライバー・ナビゲーションでは、スピードを出しすぎたり、他の車が接近してくると、こんな音声(?)で注意喚起をしてくれる日が来るかも知れません。

1.バスが接近してくると

2.トラックが接近してくると

3.緊急車両が接近してくると

4.左折する時には左側から

5.スピードを出し過ぎると

6.急ブレーキを踏むと

7.蛇行運転になると

8.車庫入れに手こずると

(愼)

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