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2007年9月

「秋の気配 コオロギたちの大合唱」

まだまだ、暑い日が続いていますが、もう秋はそこまでやってきているのだな。と感じることがあります。いつの間にか蝉の鳴き声は消え、日暮れと夜明け近くに虫の声がよく聞こえるようになってきたからです。

私の家には、小さな庭がありいろいろな草木や花が植えてあります。その草木をすみかにしているコオロギたちの鳴き声が、ひととき涼しさを運んでくれます。しかしだんだんとその声は大きくなり、それぞれの歌声を競うかのように一斉に鳴き出します。
リーリーリーリー・ジッジッジッジッ・リーンリーンリーン・ジジジジジジ・コロコロコロコロといろいろな鳴き声が大合唱に変わります。

コオロギの鳴き声(22秒)

調べてみると、コオロギの仲間は、それぞれ独特の音をだして情報交換をしているそうで、左右の羽根を擦り合わせ音をだし、前脚にある耳(鼓膜器官)で音をキャッチしているとか。

鳴き方にも3種類あります。
・自分の縄張りを示したり、メスに居場所を知らせたりするコーリングソング。(音量が遠くまで響く本鳴き)
・近寄ってきたメスに求愛するコートシップソング。(明け方に聞かれる弱い鳴き方の誘い鳴き)
・オス同士が縄張り争いのケンカをする前に、相手を脅し合って遠ざけるアグレッシブソング。(激しい鳴き方の争い鳴き)

私がどの鳴き声を聞いているのか、ときには子守唄に聞こえたり、ただただ騒々しく感じたり、コオロギたちの歌声にも意味があったのですね。

(晴)

「庭で楽しむ音 その2」

このブログの「庭で楽しむ音」の記事の中で、水琴窟が現代風にアレンジされているという話をちらっと書きました。
元々あったはずの手水鉢は無くなってしまい、置物として、また水を循環させて使っていることから「エコ」の象徴として、活用されているようです。

今様にアレンジされた水琴窟の有名な例が京都駅ビルにあります。地下1階コンコースに設置されたモニュメント「火の鳥水時計」がそれです。「火の鳥(フェニックス)」は言うまでもなく手塚治虫氏の同名の漫画に由来します。そして、彼女(彼?)の足元には氏が唱えていた「ガラスの地球」があり、さらにその下に水琴窟が埋め込まれています。こうして繰り広げられる水の循環が小宇宙をあらわしているのだとか。手塚ワールドをも古都の伝統の中で取り込んでしまう京都の魔力、恐るべしでしょうか?
ちなみに、この「火の鳥水時計」は待ち合わせスポットとして活用されているそうです。

昔の人々が静かな庭で自然の音をたのしむ為の工夫の一つが「水琴窟」ですが、他にも「ししおどし」があります。一般的に「ししおどし」と認識されている仕掛けは、実は「添水(そうず)」といって、「ししおどし」の一種に過ぎません。「ししおどし」にはもう一つ「鳴子」というものがあり、これと2つあわせた総称が「ししおどし」というわけです。
竹筒が岩などを打つ「ポン」という音を利用する「添水」は京都の詩仙堂のものが余りにも有名で教科書等にも紹介されていることから、一般に「ししおどし」=「添水」というイメージが定着してしまったようです。

「水琴窟」が小さな音であるのに対して、「鳴子」や「添水」は大きな音がします。これは、「鳴子」や「添水」が元々は畑を荒らす動物を音で威嚇して追い払う道具であったことに関連します。また、「ししおどし」を漢字で「鹿嚇し」と書くのもこのためです。(鹿による食害は現代でも問題になっていますが、これは昔も同じだったようです。)

「鳴子」や「添水」の詳しいことはまたいつか、改めて触れさせていただくとして、今日はこれまで。

(裕)

「言葉の表現の違い」

言葉の表現は人によって異なりますが、地域によっても、国によっても当然違うものです。逆にまったく違う文化圏で、自分がいつも使う表現と似たものを聞いて戸惑ったことがありますか?私は先日大阪に行って、面白い経験をしました。

大阪の台所とも言われる黒門市場に行きました。お昼の少し前で朝ごはんを食べなかったこともあって、普段食べられる天ぷらがとてもおいしそうでした。

つい、声を出して
「すみません、かぼちゃとイカ天ぷらをひとつずつください。」
それを聞いたおばさんは
「あら、東京から来たん?サービスせへんと」
といい、紅しょうが天ぷらを袋に入れてくれました。(その時、紅しょうが天ぷらは初めてで、ビックリしていました。)

あ~関西のおばさんはうわさ通り、太っ腹だなと思いつつ値段を聞いたら、「えーと、250万!」と言ったのです。
「はい?はい?」
…爆笑しました。

実はそれ、韓国の市場の商人さんもよく使う表現です。子供のころに、ネギを買いに行った八百屋さんから500万ウォンと言われとても驚いた記憶があります。

(喜)

「伝わる拍手」

言葉を話す以外にも、人は日常的に体のあちこちを鳴らしてコミュニケーションを行っています。 咳払い、舌打ち、口笛、足踏み、指を鳴らす、などなど。改めて考えてみると、言葉を選ばなくても、ちょっとした音を出すことによって合図を送ったり感情を表せる、かなり便利な表現です。拍手などは代表的なものですね。

先日テレビをつけたら、学生さんが教室でお芝居をしている場面が映りました。演じ手も観客も聴覚障害者の方でした。セリフはもちろんすべて手話。

そしてお芝居が終わると、観客は一斉に両手を頭の高さまで上げて、手をひらひらと振り始めたのです。キラキラ星の振り付けみたいに。

そうか、拍手をしても音が伝わらないから、目で見える形でこんな風に表現するんだ! 一生懸命手をたたいても、音の大きさは伝わらない。手をたくさんヒラヒラさせればその分気持ちが伝わる。

考えたこともなかった私には、とても新鮮でドキっとするシーンでした。相手に届かなくては意味がないんですよね。

(津)

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