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2008年9月

「自然の音」

今年の夏休みは久しぶりに実家に帰りました。

私の実家の周りは山と田んぼのあるのどかな所です。

今年は引越しをして、住宅地から大通りに面した場所に住みはじめてわかった事がありました。

大通りに面していて交通量が多くても、仕事をしていれば昼間は家にいることもないし、駅も近いしいいかも!と簡単に部屋を決めたのですが夜でも少し車の騒音が気になります。。

窓を開けると車、電車の音が聞こえる。そんな所に住みはじめると、今まで普通に聞いていた『自然の音』が 心地良いんだということに気がつきました。

実家では、家に居ても犬と散歩をしていても聞こえてくる、『風の音』 『鳥・虫の鳴き声』 『川の水が流れる音』『草・木のゆれる音』
少し聞かないだけなのにいろんな音が懐かしく感じました。

田舎なんて何もなくてつまんない。と思っていましたが、そんな田舎でも、私のいまの生活にはない『自然の音』がいっぱいありました。

(衣)

「真実の重さ」

毎年8月になると、原爆と終戦の話題が流れ、過去を振り返ることが多いですね。同じ8月の日航ジャンボ機の墜落事故は学生時代だったこともあり、よく覚えています。

数年前の話題が記憶にないのですが、事故機のボイスレコーダー(操縦室内の録音)が一般にも聞ける状態にあり、一部はニュースで流れたようです。その音声を耳にしました。異変発生から最期に至るまでの操縦室内のやりとりが記録されており、文字通り生々しいの一語に尽きます。本来の録音の目的は事故等における原因究明の資料としてであり、興味本位で聞くものではないと思いますが、乗務員のぎりぎりまでの頑張りが伝わってきて胸を打たれます。

声の記録が、活字では表せない臨場感を伝えてくれる一例と思いました。しかし、上記の例などの場合、その扱いにはやはり慎重さが欠かせません。アメリカ同時多発テロにおける現場の映像も、時間が経つにつれて使用に配慮がされているようです。記録とデータ保存の飛躍的な進歩により、一人の人生すべての映像・音声記録もいまやたやすくできそうな時代ですが、どこまでを共有物としてよいものか、プライバシーの観点だけでなく、記録された真実の重さからも検討する必要がありそうです。いろいろなことを考えさせられる音声でした。

(栽)

「不快な音」

子供の頃から、黒板やガラスを引っ掻くと出る「キィィィィ」という音は、誰しも身の毛がよだつほど不快に感じていたと思います。これは何故不快に感じるのでしょうか。

研究機関がこの音を調査・分析したところ、人間の古い祖先である「マガクザル」というサルが仲間に危険を知らせる時に発する叫び声と声紋が見事にぴったり一致したとのことです。つまり、このサルの頃の本能がまだ人間にも残っていて、この音を聞くと「危険→不快」と感じるのでは、と言われています。

人間はサルから遥かに進化を遂げた動物ですが、その過程でこういった意外な「進化漏れ」あるんだなぁと、改めて実感致しました。

(課)

「生の音に触れる効用」

ジャングルの音には、遠くで鳴く鳥やサルの声、植物の葉っぱが風に擦れる音、水が流れる音などいろんな音が含まれています。最近分かったらしいのですが、ジャングルの音など自然界の音には超音波の成分がたくさん含まれていて、人間がそれを聴くとストレスが癒されるらしいのです。たとえばジャングルの音を従来の録音装置で録音して、部屋で再生しても、超音波の成分がないので、この癒しの効果がないという。

でも人の耳には超音波は聴こえないはず。なぜこのような癒しの効果があるのでしょうか?ある実験によると、人間は皮膚でこの超音波を感じているらしいのです。皮膚で音を感じているというのは驚きです。

最近、以前よりもイヤホンで音楽を聴くことが増えているのではないでしょうか。その音楽ソースには超音波は含まれていないし、耳だけで音を感じているという大変不自然な状態になっています。これでは音楽を聴いてストレス解消ではなく、逆にストレスを増やしてしまうかもしれません。生の音楽を聴く機会を増やしたいものです。

(太)

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