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「真実の重さ」

毎年8月になると、原爆と終戦の話題が流れ、過去を振り返ることが多いですね。同じ8月の日航ジャンボ機の墜落事故は学生時代だったこともあり、よく覚えています。

数年前の話題が記憶にないのですが、事故機のボイスレコーダー(操縦室内の録音)が一般にも聞ける状態にあり、一部はニュースで流れたようです。その音声を耳にしました。異変発生から最期に至るまでの操縦室内のやりとりが記録されており、文字通り生々しいの一語に尽きます。本来の録音の目的は事故等における原因究明の資料としてであり、興味本位で聞くものではないと思いますが、乗務員のぎりぎりまでの頑張りが伝わってきて胸を打たれます。

声の記録が、活字では表せない臨場感を伝えてくれる一例と思いました。しかし、上記の例などの場合、その扱いにはやはり慎重さが欠かせません。アメリカ同時多発テロにおける現場の映像も、時間が経つにつれて使用に配慮がされているようです。記録とデータ保存の飛躍的な進歩により、一人の人生すべての映像・音声記録もいまやたやすくできそうな時代ですが、どこまでを共有物としてよいものか、プライバシーの観点だけでなく、記録された真実の重さからも検討する必要がありそうです。いろいろなことを考えさせられる音声でした。

(栽)

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