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2011年12月

「京」の単位はやはり凄い

最近、通話録音のシステムを構築する際に、平気で「テラ」の単位のハードディスクが出てきます。そういう目で見てみると最近の電化製品のパンフレットにも、結構大きな桁の単位が使われています。キロ(Kilo:10の3乗)、メガ(Mega:10の6乗)、ギガ(Giga:10の9乗)、テラ(Tera:10の12乗)までは、最近電気屋さんに行っても、普通にお客さんと店員さんが使っているのをよく耳にします。携帯の通信速度がWiFiにすれば云十メガになるとか、このブルーレイレコーダには1テラのハードディスクが入ってますとか、きっと感覚的に大きいと感じて話しているでしょう。
ところで、今、世界最高速(2位じゃなく、本当に1位の)富士通のスーパーコンピュータ「京」は、もちろん日本語の桁の単位で、「兆」の1,000倍の10の16乗。テラ(Tera:10の12乗)でも間に合わないです。次に出てくるのは、ペタ(Peta:10の15乗)だそうですので、10ペタ(1京)という数の大きさが、現実の世の中に出てきたということですね。

調べてみると、更にそれより大きい単位は、エクサ(Exa:10の18乗)、ゼタ(Zeta:10の21乗)、ヨタ(Tera:10の24乗)までは、決まっているそうです。
決めているのは、国際度量衡局で、SI単位系を全て決めている機関。ちなみにテラまでは1960年に決まり、ペタは1975年、エクサ以降は1991年に決められたとのこと。結構つい最近決めたのですね。今はヨタまでしか決まっていませんが、その次の大きさが必要になるのはいつ頃のことでしょう。
楽しみです。

(独)産業技術総合研究所から、「国際単位系(SI)は世界共通のルールです」パンフレットが出ていました。

(鈴)

海の上の内緒話

先日、逗子の海でシーカヤックを体験してきました。カヤックは、水をかくブレードが両先端についたダブルパドルを使用する船のスポーツ。よくカヌーと混同されますが、こちらはシングルパドルを使用する点で区別されます。

さて、もともとカナヅチということもあり、海に入ったのは10数年ぶり。生まれて初めて着たウェットスーツでテンションを上げつつ、冬の海へと漕ぎ出でました。泳ぎに自信がないものにとって、フェリーやヨットではなく自力で沖に出るのは夢のまた夢。しかし、カヤックのように浮いた状態でパドルを操作するものならばそれも可能に。どんどん遠くなる岸部を振り返りつつ、うれしくて楽しくて、どんどん沖へと漕いでいきました。

インストラクター1人と体験者3人で、つかず離れず海の上を進んでいたのですが、途中ふと気が付いたのが、ある程度距離があっても、お互いの声がとてもクリアに聞こえるということ。音を遮るものがまったくない状態で、さらに私たちの他に音を発するものがなかったからなのかもしれませんが、大きな声を出さなくても、10メートル近く離れた相手に自分の声がはっきり伝わるというのは、不思議な感覚でした。音の聞こえ方が少し違うことで、普段街中にいるときとは違った人との距離感を体験することができました。

おかげで「腕が疲れて岸まで戻れるかな」なんて友だちにぼやいた声まで、しっかりインストラクターに聞こえてしまったのですが…。海の上での内緒話は禁物のようです。

(瑠)

アザーン

最近、アラブの春と呼ばれる民主化運動により、中近東や北アフリカのイスラム教を国教とする国々が世界の注目を集めているのは、皆さんもよくご存知のことと思います。

そうした国々では、1日5回礼拝時間になると、モスクやそのミナレット(尖塔)から、ムアッジンと呼ばれる役務者が、近隣の信徒に向けて礼拝への呼びかけを行います。そこに住む人々の時計代わりにもなっているその呼びかけのことをアザーンと言います。ユダヤ教のラッパ、キリスト教の鐘と同様の役割と言われています。さて、このアザーンですが、呼び掛けの言葉は基本的に同じなのですが、節の付け方、ムアッジンの声質や声出しのペース、地域性などによって、単調な唸り声のようなものから、格調高い哀愁に満ちたものまで実に個性豊かで様々です。

一般的に信仰心が薄いと言われる日本人の中にあって、とりわけ宗教には無関心と自負している筆者にとって、最初は奇異なものとしか聞こえなかったアザーンが、その環境に長く暮らし、聞き慣れてくるにつれ、次第に心休まる平穏の調べのように聞こえてくるようになったのは実に不思議な気がします。特に日没前後、夕焼けを遠くに見ながら、その日最後のアザーンを聞きつつ、たかだか3~4分という短い時間なのですが、何度もホッとした気分に浸ったものです。

古来ムアッジンは、ミナレットのバルコニーから叫んでいたわけですが、最近ではマイクを使ってスピーカーで拡声するのが普通となっています。情緒がなくなったという意見もあるようですが、こういった宗教的な儀式も近代化の波には抗えないということでしょうか。その代わりと言ってはなんですが、文頭のアラブの春を巻き起こしたインターネットの恩恵により、今やアザーンやコーランまで、YouTubeなどを通して世界中誰でも、どこでも聞ける時代になっています。

ここ数年、イスラムというだけで怖いイメージが出来上がってしまっているようなところがありますが、アザーンやコーラン朗読の調べ、またアラビア語書道などは、文化・芸術としても非常に価値が高いものとされています。興味のある方は、現地へ赴くもよし、インターネットで調べるもよし、是非一度確かめてみてください。

(摸)

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