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2012年2月

音でタイミングを見極める

日頃私たちは音によって様々なことを判断していますが、茶道ではお湯の沸き具合を音で判断するそうです。千利休はお湯の沸き具合を「蚯音(きゅうおん)」「蟹眼(かいがん)」「連珠(れんじゅ)」「魚目(ぎょもく)」「松風(しょうふう)」の五つに分けて「松風」が一番良いとしたそうです。この内「蚯音」と「松風」が音を表しています。
茶道用語の解説「湯相(ゆそう)」より
今の時代なら温度計でも最適なタイミングを見極められるでしょうが、それでは何の趣も感じられません。

茶道には縁がありませんが、同じように気泡の音でタイミングを見極めるものとしては揚げ物があります。材料を油に入れてから泡の大きさ・勢いを目で見るだけでなく、その音を聞いて揚がり具合を判断しています。泡が小さくなり、音が小さくなったら油から取り出します。揚がり具合だけでなく衣の出来によっても音が違うと思います。私は天ぷらが余り得意ではないので、美味しい天ぷら屋さんと音を聞き比べたら、私の音は重く、天ぷら屋さんの音は軽やかなのに違いありません。

(光)

「もう聞くな、これ以上わからないから」

先日、名古屋大学の研究チームがハイゼンベルクの不確定性原理に疑問符を投げかけたことを聞き、驚きました。そう言えば、高校の頃、「測ろうとすると、測る行為そのものがじゃまになって正確には測れない」という説明を聞いたとき、それはただの言い訳にしか聞こえませんでした。ただ、日常生活にもいろいろ使える言い訳だと思い、未だに思い出します。

ところで、音の分析によく使われる短時間フーリエ変換にも少し似たような現象が起きるということはあまり知られていません。しかし原理は簡単で、それに反論する人はいないようです。

細かい説明は省略しますが、音の周波数成分を細かく分析しようとすると、対象の区間を長くする必要があり、時間的に「粗い」分析になります。一方、時間を細かく区切って分析しようとすると、区間ごとの周波数成分は粗くなります。分析の細かさを「解像度」として表現すると、時間領域での解像度が上がるほど、周波数領域での解像度は下がるということになります。

夜中にそういう思いにふけているうちに、ソクラテスの「自分が無知であるということ以外は何も知らない」という発言を思い出します。深く知ろうと思えば思うほど自分は何も知らないことがわかる。これもいい言い訳ですね。ソクラテスとハイゼンベルクはグルだったのか...なんて思いながら今日解決できなかった問題を忘れて明日に期待を託す。

(桜)

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