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セリフを表現するインターフェイス

以前、ゲーム作品の朗読劇を鑑賞しました。
ゲームのキャラクターの声優の方々が舞台上で台本を読んで演じるのですが、背景にゲームと同様の画面を映す演出をしていました。ゲーム画面の下部は横いっぱいのウィンドウで、発言している人物の名前と、セリフを表示するものです。

ゲームでは、ボタンを押すとセリフが消えて、次のセリフに進みます。朗読劇でも、演技の進行に合わせて、裏でボタンを押していたそうです。
しかし、どうしても画面の表示が演技に追いつかないことが、何度かありました。ある人物の発言に、他の人物がすかさず発言を返すような場面などで、特に声をかぶせるところで大きく遅れていました。
これらの場面がゲームにあったとしたら、後の発言の音声が流れ始めるのは、ボタンを押したときです。したがって、間の長さは、プレイヤーの操作に委ねられます。ゲームの作者や声優が、間の長さで表現を届けることはできません。
朗読劇と重ねられたことによって、ゲームのインターフェイスの制約が見えたのは、収穫でした。

ゲームは元々、コンピューターで扱えるデータの量などが限られていて、声をつけられない環境から発展してきたものです。画面のセリフのインターフェイスは、演劇などよりも、本などを手掛かりにして、設計されてきたのではないかと思います。
このインターフェイスの利点もあります。ゲームのボタンを押すことは、本のページをめくることに相当します。受け手のペースで読み進められるのです。内容を理解し、ゲームをクリアするために、手を止めて考えたり、メモを取ったりできます。最近の多くのゲームは、手前のセリフを読み返すインターフェイスも備えています。

ゲームのセリフの収録は、ひとりずつ別録りで行うことが多いそうです。インターフェイスの性質から、複数の人物による掛け合いが少ないので、それができるのでしょう。
収録が別録りなら、声優同士でスケジュールを合わせる必要がなくなります。忙しい声優が効率よく収録するために、欠かせないことなのだろうと思います。
朗読劇は台風で一度延期になり、売れっ子の声優の方のスケジュールが合わなかったらしく、演じているキャラクターと共に欠演になってしまいました。出演した声優の方々は、そのことを惜しみながらも、その日に集まれたメンバーで、普段の別録りではできない、掛け合いの演技を、特に楽しんでいるように見えました。

(祐)

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